私の研修の目的は、日本のろう学校や職業リハビリテーションを見聞、体験することだった。日本に来たばかりの頃は、マナーや手話の違いに戸惑う毎日だった。特に、コミュニケーションがうまくとれなかったのは、とてもつらかった。その分、手話が通じるようになってきたときの喜びは大きかったように思う。
9月以降の個別研修を通して、私が最も驚いたのは日本のろう者が積極的に社会参加をしていて、自立生活を送っていることだった。この理由を研修で学んだことをふまえて考えてみた。
まず、福祉機器やコミュニケーションツールが発達し、普及していることが挙げられると思う。パキスタンでは聞こえないという障害のために、自立生活ができないろう者が多い。しかし、日本では技術がろう者の自立をサポートしているように感じた。福祉機器においては、特にフラッシュベルや振動時計が興味深かった。こういった機器があれば、聞こえなくても自分だけで起きられるし、訪問者が来てもベルの音ではなく光で分かるので便利だと思った。
ファックスや携帯電話といったコミュニケーション機器も、パキスタンでは普及していないので、ろう者と連絡を取るのはとても難しい。聞こえる人なら電話で済むことだが、ろう者の場合は相手宅を訪問しなけばならないからだ。携帯電話をパキスタンに取り入れるのは技術面でも難しいだろうが、ファックスは普及させたいと思っている。帰国後は、仲間のろう者にファックスの便利さを教えてあげたい。
また、字幕放送のことも伝えたいと考えている。パキスタンのろう者が日本に比べ活動的でないのは情報不足が原因の一つだと思うからだ。日本でテレビを見ていた時に、画面下に文字が出ていて、ろう者がそれを目で追っていた。あの文字は何だろうと疑問に思っていたが、情報文化センターで研修したときにその疑問は解けた。あの文字は音声情報を文字に変え、画面に載せていたものだった。情報文化センターでは、字幕入りのテープを作成しており、その過程も見学することができた。ろう者はテレビを見る時、映像からの情報に頼っている。しかし、それでは十分な情報が得られず、テレビを見ていてもつまらないと感じることがある。しかし、字幕が付けば、ろう者もテレビを楽しめるようになると思う。特に、ニュース番組のように、正しい情報をよりはやく得ることが望ましいものには、字幕は必要だと思う。このような機器やサービスがパキスタンにも広く普及すれば、ろう者でも両親に頼らず自立できるようになると思う。
次にろう者が進出している職業が多いことである。自立して生活するためには、仕事に就き収入を得ることが必要になってくる。そのため、ろう学校には専門的な技術の習得を目的とした専攻科が設けられている。都内近郊にある専攻科で研修を行ったが、専攻課程がたくさんあることに驚いてしまった。パキスタンではせいぜい3コースくらいしか設けられていないからだ。日本とパキスタンのろう者の職域の違いはここに要因があるように感じた。パキスタンでは、一般的な資材として石が用いられているので木工の課程はなじまないが、その他の課程はパキスタンのろう学校でも採り入れられるものばかりだと感じた。職域が拡大すれば、ろう者の就業率が高くなり、自立できるろう者も増えていくと思う。
最後に手話通訳者がたくさんいることが挙げられる。パキスタンでは手話通訳者が大幅に不足しているため、ろう者の活動が制限されてしまっている。例えば、ろう者が集結して行政に働きかけをしようとしても、通訳者がいなければ話し合いがうまく進まないと思う。日本では講演会や会議、また病院や銀行に行くときにも手話通訳者が派遣されることを知り、うらやましく感じた。パキスタンでも手話通訳者がたくさん養成されれば、ろう者の活動範囲は拡大されていくと思う。
このように、日本に比べるとパキスタンは色々な意味で立ち遅れている面があると思う。帰国後はそれを改善するための活動を始めたいと思う。まず、パキスタンのろう者に日本で学んだことを伝えていきたい。私も来日前は他国のろう者の様子を知らなかったので、自分達の置かれた環境に疑問を持つこともなかった。私が話しをすることによって、パキスタンのろう者が何かしら刺激を受けてくれればいいと思う。
次に、手話サークルを変えていきたい。パキスタンの手話サークルはろう者だけが参加しているが、日本のように聴者と合同で行った方がよいと思う。それが、手話通訳者の養成にもつながっていくからだ。現在、パキスタンの聴者は手話に触れる機会がほとんどない。しかし、手話サークルで聴者にも手話を教えれば、手話通訳者を目指す人が増えてくると思う。また、ろう者に対しては、日本の手話を教えたい。パキスタンのろう者が来日して、技術研修を受けたり、国際会議に参加する際に、きっと役に立つと思うからだ。
実現は難しいかもしれないが、将来的にはろう者を集めて、飲食店かクリーニングの会社を経営したい。専攻科等で色々な課程の実習を受けたが、その中でこの2つを選んだのは理由がある。飲食店については、学校給食も請け負うような会社にしていきたい。パキスタンでは学校給食がなく、弁当を持ってくる人もいれば、空腹を我慢している人もいる。日本では、学校給食があり、みんなで楽しく食事をしていた。パキスタンでも導入すれば、弁当を作る手間も省けるし、何よりも空腹を我慢することがなくなり、生徒達の栄養状態もよくなると思う。クリーニングは、国立身体障害者職業リハビリテーションセンターで実習を受けただけでなく、実際に社会に出て働いているろう者の姿を見学したこともあり、自分でもやってみたいという気持ちが強い。設備面等で解決しなければならないことも多いが、少しずつクリアしていけたらと思う。しかしろう者のクリーニング技術者養成には時間がかかると思う。現在のパキスタンは聴者の技術者養成しか念頭になく、ろう者がきちんと学べる体制にないからだ。最終的には、ろう者の技術者が手話を使って講義を行うのが理想だが、これにはさらに時間が必要だろう。
パキスタンのろう者の状況に問題意識をあまり持っていなかった私にとって日本で過ごした一年間はとても貴重だった。日本に来なければ、こういったことを考えるきっかけもなかったのではないかと思う。また、4人の研修生と一緒に学ぶことができたのも、よい経験となった。来日当初は挨拶を交わす程度の交流しかなく寂しく思ったこともあったが、少しずつコミュニケーションがとれるようになったときは、とてもうれしかった。しかし、個別研修が始まるとなかなか会う機会がなかったので残念だった。研修が終了しても、4人とはずっと連絡を取り続けていきたいと思う。