Duskin Leadership Training in Japan

最終レポート

プロフィールに戻る

ソー・ミンスのファイナルレポート

僕はこの最後の発表会の準備を通して日本での一年間の研修と生活を思い出をことが出来ました。今から日本での一年間のことを僕が感じた物、習った物、自分が変わった物などを日本で関係が出来たみなさんの前で話して行きたいと思っています。

日本語の研修

個別研修のために研修生たちは日本語研修を三ヶ月間しました。日本語研修の感想は二つあります。一つ目は国によって環境が違うので習うスピードも違うと思いました。ミャンマー、モンゴル、韓国の場合は日本語と文法が似ているのでほかの国の研修生より習うのがすこしは早いと思いました。もし日本語の研修の重要な目的が研修生たちの日本語能力の向上だったらレベルによってクラスを分ける方がもっと効果的だと考えました。二つ目は、日本語の研修期間にはかなりひまな時間がありました。それでその時間に日本の手話を習うことも出来ると思いました。個別研修期間中いろんな障害を持つ人と知り合いました。その中では聴覚障害を持つ人も沢山いました。でも話が出来なくて残念だなと思ったことが沢山あったので日本語の研修期間に手話も習えたら良かったなと思いました。

個別研修

1.メインストリーム協会

僕はメインストリーム協会で2000年12月8日から今年3月30日まで四ヶ月くらい研修をしました。そこではいろいろな思い出があります。自身についてもう一回考えることがメインストリーム協会で出来ましたし。それで僕はそこを個別研修の中で僕に一番大きい影響を与えてくれたところだったと思っています。メインストリームでの研修内容は 1.日本の障害者運動の歴史 2.障害者の自立生活の理念 3.日本の介助者制度 4.生活保護 5.メインストリーム協会の運営の歴史と運営方法 6.自立生活センターの運営方法と仕事 6.障害者に関するイベントの作り方 7.重度障害者の自立生活、などでした。以上、勉強したことはもちろんですが、そこの人たちと友達になったのが一番良かったことだと思います。

2.ヒューマンケア協会

5月22日から5月28日まで一週間程研修をしました。ヒューマンケア協会では自立生活についての最後のまとめの研修でした。研修生の中で日本の自立生活運動の勉強をしたアンポールとミーホンと一緒にやりました。三人とヒューマンケア協会の職員と一緒に今までの勉強したことについて話してアイディアを出したり、ピアカウンセリングプログラムに参加して直接プログラムを進める方法とやり方を習ったり、自分が参加して話したりしました。この活動を通じて、本当の参加者の気持ちも分かりました。

そして自立生活センターの研修の中でびっくりしたのは、日本にある98ヶ所の自立生活センターの基本的な運営方法が運動体の性格と事業体の性格を持ってるのを見たことです。韓国の障害者団体は殆ど運動体の性格しか持ってないのが現状です。僕が前から理想的だと考えていた障害者団体のシステムが実際に出来ているのを見て良かったです。またメインストリーム協会とヒューマンケア協会の運営方法としての考え方には大きい違いがありました。そしてそれぞれが自分たちに合った運営方法を見つけて活動しているのも勉強になりました。

3.パソコン研修

ホームページ作りの研修を日立でやりました。でも三日間の短い期間なのでちょっと足りない感じがありましたけれども、今僕が準備してるイベントのホームページをもっと良くすることが出来て良かったと思います。

最後のまとめの研修

最後のまとめの研修では研修生みんなで話し合いが出来て良かったと思います。ラフィールとガルーとも深い話し合いが出来てすごくうれしかったです。そしてリーダーシップトレーニングと川村さんのProject Proposalのプログラムからはいろいろ習うことが出来ました。

研修最後のツアー

大阪にあるダスキンの本社とUSJを見てから大分の太陽の家という障害者の施設へ行きました。それから熊本へ気球に乗りに行きました。研修生はみんな気球に乗りたくて朝4時に起きて頑張ったんですが雨が降り、出来なくなって香りの博物館とマリンぺリスへ行きました。気球に乗る日の予定は研修生たちに任せてられていました。その日の予定を決める課程の中でちょっとは研修課のみなさんの立場が分かりました。そして僕の能力がまだまだ足らないのを感じました。研修生みんなの意見を聞いて一つにまとめるのはいろいろ問題があって本当に難しかったです。やはり相手の立場に立ってみないとその相手のことを分かるのは難しいと感じました。

そしてお風呂に入ったりしながらほかの研修生と話をしているともう一年も経ってしまったんだなと思いました。もうすぐみんなそれぞれ自分の国へ帰ってしまうと思うと寂しくなりました。

日本での生活の感想

僕は日本に来てこの研修プログラムを始めてから頑張っていません。勉強を頑張らないということじゃなくて、頑張って歩いて行こうというような気持がなくなりました。別に車椅子を使っても行けるし、そんなことに頑張る力をほかのところへ使ったら良いと思ったからです。

そして自分の障害が恥かしくなくなりました。これが日本に来てから一番変わったことだと思っています。

僕は日本に来てから十分楽しむことが出来ました。いろんなことに初めての経験をすることが出来ました。スキー、水泳、電動車椅子、手動車椅子での外出、剣玉、ダイビング、などをやりました。本当にいつも楽しかったです。この体験を通して韓国に帰ってもいろいろなものをいろんな人に伝えることが出来ると思います。

ダスキンアジア太平洋リダー育成事業の感想

アジアの10カ国から来た人たちが違う文化、違う障害、違う考えで、生活と勉強をしながらほかの立場にある人のことを考えることが出来たかなと思っています。僕の考えではダスキンのこの事業はJICAの事業と違って若者たちを教育してその人たちの可能性を広げることだと思います。JICAの場合は、もう既に障害者に関連しているところで働いている人たちを呼んでかれらに専門的な研修を受けさせている研修プログラムだと思います。その面でダスキンの事業の特徴を変えずに、ずっと守っていって欲しいです。経済的な面といろんな面でダスキン事業の支援は、本当に良かったと思います。もしダスキンの十分な支援と日本リハビリテーション協会の支援がなかったら僕らが日本でこんな研修をすることは出来なかったと思います。勿論いろんな問題もありましたが、この研修プログラムを続けながらだんだん変わって行くと思います。このダスキンのプログラムは僕にとってはいろいろプラスになりました。だからこのダスキンの事業をもっと続けて広げて欲しいです。そのダスキンの事業がもっと良い研修プログラムになるのを祈って、いくつか僕が感じたことを提案したいと思います。

一つ目は、事業の中で研修課と研修生間の理解が出来る機会をもっともっと作って欲しいです。例えば全体で話し合う機会を月に一回くらい作っていったら良いなと思っています。勿論毎月全体で話し合うのはいろんな問題が出てくると思うんですが、研修課と研修生との信頼関係を作るのが一番大事なことだと思っているので是非やって欲しいです。

そして、個別研修の選択の幅をもっと広げて欲しいです。そのために日本語研修の三ヶ月間のに、日本のいろいろなところの情報が欲しいです。

今のところ、一番心配なのは研修生たちの帰国後の問題です。多分一年間生活した日本の環境から他の環境に行くのは、自分の国では最初は難しいと思います。インドネシアでは手話が広がっていないので、ガルーは日本のように自分の考えを手話で自由に表現するのが難しいと思うし、ミーホンとアンポールはアクセスの問題で、日本でのように自由に動くことがもっと少なくなると思うのです。そしてアンコー、ベロニカ、チョーリも日本より情報をもらうのがなかなか難しくなると思います。勿論僕自身もちょっとは心配です。また頑張らないと・・・。

自分が変わったこと

そろそろ僕の言いたいことの最後です。それは日本での一年間で、自分の何が変わったかです。最初、日本で自分の国についての発表の時と日本語の研修発表する時の僕を覚えていますか。今の私には十分な自信があります。自慢ではありません。自分の中のも何かをやれる能力があるのを信じることができました。勿論今の私の能力はとても足りません。でも自信をもってずっと頑張っていくと、きっと何かをやれることを信じることが出来ました。

そして日本に来てから私は、自分の障害が恥ずかしくなくなりました。今回のトライ2001で歩く時も義足は付けないつもりです。多分親は怒ると思いますけど。前はこんな考えは全然やったことがなかったです。この二つが大きく変わったことだと思っています。私は、私が変わるきっかけをくれた日本のいろんな人々に心で感謝しております。

top page