Duskin Leadership Training in Japan

最終レポート

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カッカ・ロケシュのファイナルレポート

日本に来て

去年の8月23日に日本に来ました。そして、アジア各国から来た研修生たちと会いました。パキスタン、インドネシア、スリランカ、フィリピンの人達を見たとき、自分と同じ皮膚の色をしていたのでビックリしました。初めは違和感を感じていましたが、だんだんみんなと仲良くなることができました。

日本に来たばかりの頃は、日本のろう者の手話が全くわかりませんでした。それで9月から12月までの間、研修以外でも、自分で日本手話の勉強をしました。しかし、それだけでは不十分だったので、地域の手話サークルへ行ったり、ろうの友達と遊びに行ったりして、日本手話を使う機会を積極的に作るようにしました。それによって、新しい単語も覚えて、日本手話がだいたい理解できるようになってきました。

今では日本のろう者とコミュニケーションが十分にとれるようになり、自分自身満足しています。日本語の勉強も大変苦労しました。日本に来るまで、ウィークリーレポートのことを知らなかったのでそれを知らされたときはショックを受けました。時間を作って、自分で文法の勉強をしたおかげで、今では日本語でレポートが書けるようになりました。

来日してビックリしたこと

日本に来てビックリしたことがたくさんありました。高いビルが多く、地下鉄がたくさん通っています。また、タバコを吸っている女性をたくさん見かけます。また、新宿を歩いていると風俗の人が声をかけてきたのでビックリしました。

またこんな経験もありました。初めは道がわからなかったので、研修課の人に案内してもらっていました。ある日、友達との約束があり、1人で町を歩いてみようと決心しました。しかし、迷ってしまって、交番で道を聞きました。するとその警察官は親切に待ち合わせ場所まで案内してくれました。ネパールの厳しい警察官と違い、とても親切だったので、ビックリしました。

それから、日本ではろう者、健聴者に関係なく、携帯を使ってメールのやりとりをしているのを見て、非常に驚きました。また、日本では親から独立して生活しているろう者が多いことにも驚きました。銭湯や温泉で、日本人が裸になって中に入って行くのを見て、本当に驚きましたが、これも日本の文化のひとつなんだなと思いました。

個別研修

1.ろう学校の見学

12月から全日本ろうあ連盟で計画を作ってもらって、4個所のろう学校を訪問しました。教育方針が学校によって違うことや、幼稚部から中学部までは手話による指導ではなく、音声言語を使った口話教育が行われていることに気づいて、疑問を感じました。ネパールでは小学部の頃から手話による教育が始まります。日本でもろうの子供には早い時期から手話教育を取り入れた方がいいと思いました。

小学部では、子供達の勉強の様子を親が後ろで見学していました。その様子を見て、感動しました。ネパールでは子供の教育を全て学校に任せてしまいます。でも、親が学校で行われている教育に興味を持ち、見学で得た知識や経験を家の中でフィードバックしていくことは大切だと思います。

また将来仕事にはいるために、理容、歯科、木材加工などが学べる専攻科があることにも感動しました。ネパールにはないので、このようないい方法を取り入れることができたらと思っています。

2.全日本ろうあ連盟

全日本ろうあ連盟では、連盟を立てた経緯や運営方法を学びました。役員は地域、県、関東、全国単位で会員を募集し、そこから連盟の資金となる会費を集めます。また、ビデオ、本などを販売し、そこからも資金を得ていると説明してくれました。役員や会員の行動力には驚きましたし、自分達の力で資金を作っていることに強い感銘を受けました。その運営方法は有効で、連盟の発展に貢献していると感じました。

3.いこいの村、ふれあいの里・どんぐり

1ヵ月間、京都のいこいの村で研修を行いました。そこでは、高齢のろう者と一緒に織物を作ったり、協力して色々な作業を経験しました。何か困ったことがあっても、周りにいるろう者は何から何まで細かく知っていて、色々と教えてくれました。

ふれあいの里・どんぐりでも研修を行いました。ここではろう重複障害者が、ジュースのボトルをつぶしたり、パンを作ったりしていました。試しに彼らが作ったパンを食べてみましたが、とてもおいしかったです。彼らが活躍している姿を見て、私も見習わなければいけないと思いました。

いこいの村やどんぐりでは、時々みんなで動物園などに行きます。同じ場所でずっと仕事をしているとストレスがたまります。それで、楽しい経験をすることで、ストレスをためないように工夫していることがわかりました。

4.手話講習会

地域の手話講習会や講演会にたくさん参加しました。そこで行われている指導は大変わかりやすく、また受講者も手話が上手になりたい気持ちから、意欲的に勉強していました。その姿は感動的でした。

5.国立身体障害者リハビリテーションセンター 手話通訳学科

ここでは手話通訳者を目指している健聴者に対して、ろう者が日本語対応手話ではなく、ろう者が使っている日本手話を教えていました。手話を教えるとき、音声言語は一切使われません。手話だけでコミュニケーションをはかります。学生が日本手話を習得するために、一生懸命努力している姿には驚かされました。残念ながら、この研修は2日間だけでしたが、新しい発見がたくさんありました。今まで私が研修してきた中で一番印象的なものでした。

帰国後の夢

日本で1年間、研修を受けて、とても勉強になりました。以前も、ネパールで活動していましたが、限界を感じていました。しかし、1年間の研修を終えた今、新たな活動を行う自信と力がついたと思います。学んだことをそのまま持ち帰るのではなく、ネパールの文化、風習に合わせながら十分に生かしていきたいです。

ネパールに帰ったら、まず仕事を探すことから始めます。でも仕事も探しながら、運動も積極的にやっていこうと思っています。

  • ネパールには75の地域があり、たくさんのろう者がいる。特に、地方に住むろう者は知識や情報がないので、自ら足を運んで、日本で学んだことを教えたい。
  • 地方に住むろう者の情報を集めて、表には見えないろう者の現状を政府に話していきたい。もし、取り合ってくれなければ、ろう者一丸となって運動を展開していく。また、ろう者だけでなく、他の障害団体と一緒に運動を進めていきたい。そのようにして他の障害者団体とも連携をとり、お互い協力し合っていくことが大切だと思う。
  • 手話通訳の養成を行いたい。手話の技術だけでなく、ろう者に対する理解を持った手話通訳者を育てて、一緒に活動していきたい。
  • 政府からの援助が受けられるようになったら、ろう学校や高齢のろう者のための老人ホーム、手話通訳を養成する施設、また地方にいるろう者が都会に出て、知識を身につけられるように支援したい。
  • 他の国から援助を受けるのではなく、ネパールという自分の国で色々な問題を解決できるようにしたい。

9人の仲間との夢

一緒に研修してきた9人の仲間はこの研修でたくさんの知識を身につけたと思います。今まで日本で勉強してきたことをいかして、それぞれの国をよりよい方向に発展させて行く事が私達の夢です。アジアの国々が欧米に負けないように頑張っていきたいです。そのためのひとつの方法として私達9人の研修生が自分の国でどんな活動をしているか、何かいい方法をみつけたかなど情報交換することが大切だと思います。それぞれが自分達の国で活躍し、一緒にお互いを高め合っていけたらいいと思います。

最後に

1年間、たくさんのサポートをしてくださったダスキン愛の輪運動基金の皆さま、そして日本障害者リハビリテーション協会の皆さま、本当にありがとうございました。また、私の個別研修は全日本ろうあ連盟のサポートがあったからこそできました。全日本ろうあ連盟の皆さま、本当にありがとうございました。

この研修で得た経験は、私の宝物です。それをネパールでもいかせるように頑張っていきます。これからも私達のことを見守っていてください。本当にありがとうございました。

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