Duskin Leadership Training in Japan

最終レポート

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アウリア・アミン・ムリヤディのファイナルレポート

はじめに

2009年8月31日、私は日本に来ました。私は日本の障害者運動を直接見て、体験する機会を得た5人目のインドネシア人です。これは私にとって初めての海外渡航だっただけではなく、子供の頃に興味を持ち、行くことを夢見ていた国への訪問でもありました。日本に到着したとき、ついに日本に来たのだという気持ちで、胸が高鳴りました。日本に来る前の予想では、急速な成長を遂げた国では、障害者に対して社会参加や社会生活のための平等な権利と機会が明確に与えられていると思っていました。しかし、日本の障害者は様々な運動や活動のために街を走り回っていました。その様子は強く印象に残りました。

初めの3か月間

日常的に日本語を使うこの国で、生の日本語を勉強できたことは本当に幸運でした。日本語の先生たちはとても良い方法で教えてくれました。私が研修内容を吸収しようとして日本語を猛勉強する時、奥平さんと中谷さんはいつも助言し、励ましてくれました。日本語研修が行われている間、国際的なセミナーや障害者のイベントなど日本の障害者の様々な素晴らしい活動に参加しました。また、人生で初めての体験もしました。それは水泳の研修です。最初は水の深さがとても怖かったのですが、7回の研修を経て、ついに水の中で自由に動けるようになりました。私の人生の中で信じられない出来事の一つでした。

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ホームステイ

初めの3か月間で学んだ日本語のスキルをもって、私はホームステイに臨みました。それはお正月休みの1週間を日本の家庭で家族と一緒に過ごすことができる、この上ない機会でした。仙台の中嶋さん一家は私をあたたかく迎えてくれました。日本の風習では、全員揃ってお正月を迎えるために、地方に住んでいる家族や親せきが年末年始に故郷に帰ります。中嶋さんの家でも、お父さんの弟が、家族と一緒に東京から仙台に集まってきて、楽しい雰囲気になりました。お正月を迎えるためにおせち料理を作ったり盛り付けたりする、年末年始の慌ただしい雰囲気も体験できました。

スキー研修

自分がスキーを経験できるとは夢にも思っていませんでした。来日してからというもの、日本の障害者が障害のない人たちと同様に生活を楽しむ姿を、私は何度も目の当たりにしてきました。その姿が私の心を開いてくれました。今、私は障害のある人も自分の望む生活を楽しむべきだと思います。平等な機会と権利が得られれば、障害者は尊厳ある幸せな生活を送ることができます。

個別研修

1.CIL下関

最初の個別研修は、山口県の地方都市のひとつ、下関にあるCILで始まりました。私は軽度から重度まで様々な障害を持った人に会いました。彼らは自分の生活とCILの両方を積極的に管理、運営していました。私は障害者の権利獲得のために闘う方法を学んだだけではなく、温泉や古いお寺など日本に昔からある歴史的な場所へ行く機会も得ました。

自立生活センター下関のリーダーである河本さんは、努力の成果はリーダーの学歴ではなく、目標を達成しようと努力し続ける、強い意志と決意の如何にかかっていると話してくれました。河本さん、どうもありがとうございました。彼は、私の願いをかなえるうえで出会った最初のロールモデルとなる方です。

2.CILアシストMIL

次に、静岡県三島市のアシストMILで研修をしました。アシストMILにとって、私が初めての研修生でした。ここでもCILの運営は、重度障害の人たちによって行われていました。ここでの滞在中に、私にとって最も有意義だったのは、ピア・カウンセリングの方法と手順について学んだことでした。ピア・カウンセリングは障害の受容を促すだけではく、セルフ・エンパワメントも可能にします。私はその目的や重要性をより深く理解できました。アシストMILのリーダーの一人である岩本さんは、差別は障害者の日常生活の中でたびたび体験させられることであると教えてくれました。アシストMILでの1か月の間に、私は他の都市も訪問してCILや障害者の就労の場を見学しました。日本では障害者年金という制度があるにも関わらず、障害のある人が自分で働いて給与を得ています。アシストMILの研修で、地域で暮らす障害者の生活のために運動する重要性をはっきりと理解できるようになりました。

3.AJU自立の家

名古屋のAJUは、社会や地方自治体への働きかけ及び交渉によってサポートを得ていく方法について勉強しました。社会の全ての人々を意識化する障害者運動において、AJUは有名です。そして、山田さんの自分史から得たインスピレーションは、私に将来の夢を実現する自信と元気をくれました。さらに、AJUによって組織されたわだちコンピューターハウスやピア名古屋については、私もインドネシアで同じものを作りたいと思いました。このAJUの2つの部門は、障害者の生活の質の向上のためにとても大きな働きをしていました。

4.全国自立生活協議会(JIL)

JILに1日訪問しました。日本全国のCILが集まって作られた組織であるJILも、全国レベルでCILの運動全体の方針を作っている組織です。日本のCILが成し遂げた成功のキーワードはネットワーキングと良い関係づくりであるということを、日本全国のCILの運動のメカニズムは私に教えてくれました。

5.自立支援センターぱあとなぁ

これまでの研修でCILについて多く学んできたので、私の研修日程は余裕ができ、今までの中でよく分からなかったところを見直して復習するかたちになりました。ぱあとなぁでは、代表もスタッフも若く、素晴らしい精神と様々な興味深い運動の方法論を持っていたので、私はとても刺激を受けました。

最初の2週間は、ぱあとなぁが持つネットワークの紹介でした。それはとてもしっかりと作り上げられていました。ぱあとなぁのネットワーキングに関連する研修の一環として、夢宙センターを3日間訪問しました。

残りの2週間、あらゆる種別の障害者が仕事をしたり、医療リハビリテーションを受けたりしている現場をいくつか訪問しました。また、東大阪の障害者が作った製品を全て集めて、宣伝や販売を行っている団体にも行きました。

6.メインストリーム協会

それからメインストリーム協会に行きました。私は友達のように親しみの持てるスタッフと一緒にカラフルで陽気な10日間を過ごしました。メインストリーム協会の特徴は、全てのスタッフがまるで大きな家族のようだということです。メインストリーム協会の創始者の一人である廉田さんは、メンバー全員の連帯意識を作りあげることに成功しました。私はこの協会の運動の歴史だけでなく、廉田さんの歴史もしっかりと理解することができました。また、玉木さんと知り合い、会話できたことにも刺激を受けました。彼が出演する番組はNHKで毎週放送されています。それは、興味深い方法を用いて障害当事者の姿を追っている番組です。

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まとめ

私の研修はついに終わります。アジア・太平洋地域の障害者が平等な権利と機会を得るための支援をするこの研修事業は、世界で類を見ない素晴らしいプログラムです。私は10か月間で、障害者運動に関することだけでなく、日本の文化や精神も含め、多くのことを学びました。日本の人たちは私を、家族にするように愛してくれました。そうです、私は日本に恋をしました。

人生は、誰にとっても意味のあるものでなければ成り立ちません。今、私は障害者運動の本当の意味が世界に愛を広めることだということを知っています。他の人々のために世界を変えるというこのプログラムの目的に、深い感動を覚えずにはいられません。私はインドネシアの障害者のために、日本で経験した全てのことを生かします。そして、インドネシアの社会を変えていきたいと思います。

最後に、広げよう愛の輪運動基金の皆さんに心から感謝申し上げます。そして、日本障害者リハビリテーション協会の全ての職員と、奥平さんへの尊敬の気持ち、中谷さんの気遣い、そして那須さんの厳しさだけでなく美しさも、私は決して忘れません。

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